
昔、子供のころに母と眺めたことを思い出す
前回、90歳になっても笹餅を作るミサオばあちゃんの話をしたけど、今回もその続きであの番組を見て感じたことを伝えたいと思う。
番組の中では、ミサオばあちゃんがお母さんからもらった言葉や思い出について語っている場面がある。このミサオばあちゃんのお母さんの言葉もとても印象的で、親子の何とも言えない素敵なつながりを感じた。
ミサオばあちゃんのお父さんは早くに亡くなって、お母さんが4人の子供を女手一つで育ててくれたらしい。お母さんは器用だったらしく、縫物もなんでも作れたそうで、縫物や料理など生活に必要なことは全部教えてくれたそうだ。
ミサオばあちゃんのお母さんの言葉をいくつか紹介しておくね。
「十本の指は、黄金の山」
これは、「この十本の指さえ動かしていればお金に不自由しない」という意味だそうだ。「母からいただいた宝物」と言って、大事そうに自分の指をさするミサオばあちゃんが微笑ましい。
「仕事、仕事さ教えてくれる」
これは、「一生懸命に仕事をすることによって、仕事が仕事を教えてくれる」という意味だ。一生懸命に仕事をしていると、「ああでもない、こうでもない」「ああした方がいい、こうした方がいい」と、いろいろ試行錯誤を繰り返すうちにだんだんうまくいく方法が分かってきて、より良いものが出来上がるようになるという意味だと思う。
失敗から学ぶこともたくさんあるだろう。いいかげんな仕事を同じように繰り返していても良くはならいからね。
「初めから達成する者はいない、
それが完璧になるまで自分で工夫する」
本当にそのとおりで、はじめからなんでもうまくできる人はいない。もちろん人ごとに上達の速さは違うかもしれないけれど、初めから完璧に仕事ができる人はいない。向上心をもって、いろいろ工夫して時には失敗しながらだんだん覚えて成長していくんだね。
はじめにうまくいかないからと言って簡単にあきらめずに、辛抱して仕事ができるようになるまで努力しなければならない。
そして、心にしみるエピソードも二つあった。
ミサオばあちゃんは、19歳で地元の男性と結婚して子供を(二人?)授かった。夫婦二人で働いても生活は楽ではなかったそうだ。そんな中、お母さんに「子供育てるってなんぼうだで(大変)だな」と言ったところ、お母さんは「ふーん。ミサオなんぼ偉いばな。4人の子供、女手一つで育てたけど、うだでって思ったこと一度もない。」と返されたそうだ。
その時、ミサオばあちゃんは、「母の苦労を分かっていながらなんであんなことを言ったのか。」と、今でも悔いが残っているそうで、それから自分で愚痴を言うのをやめたそうだ。
また、ミサオばあちゃんが子供のころに、お母さんと二人で草取りに行ったときのことだ。お昼になってご飯を食べたら、ミサオばあちゃんは眠たくなって眠ってしまったらしい。
目が覚めたら、お母さんが汗を拭きふき一生懸命草を取っていた。ミサオばあちゃんがお母さんに「起こせばよかったのに」と言ったら、お母さんが「いいんだね、ミサオの寝顔、あんまりめんこくて(可愛くて)、起こすのもったいなくて寝かせておいたからいいんだ。」って。
ミサオばあちゃんは、「あー、私のこと一番めんこい(可愛い)んだ。」って思ったらしく、今でもそれを思い出すと涙が出るらしい。
親子の愛情って、そういうものなんだよな~。
親子に限らず、夫婦でも恋人でも誰とでも、言葉で「愛してる」なんて軽いんだよ。お父さんはそう思う。口先だけなら何でも言えるからね。だからお父さんは「愛してる」という言葉は好きではないんだ。なんだか軽薄な感じがして。
話は横道にそれたけど、ミサオばあちゃんもそのお母さんも、けして勉強ができたわけではないのだろうけど、「生きるすべ」というか「人としてどう生きるべきか」ということがしっかり心と身体にしみこんでいたんだろうね。それが、生きていくうえで一番大事なことだと思う。ミサオばあちゃんもすごいけど、そのお母さんも偉かった。
見習いたいもんだね。
※参考 NHKプロフェッショナル「餅ばあちゃんの物語~菓子職人・桑田ミサオ~」