
なんだかよく分かんないけど(笑)
絵は「自分らしく」でまったく問題ないけどね・・・
以前、あるニュース番組で女優の天海祐希さんのインタビューが放送されていた。
天海さんは、元宝塚歌劇団のトップスターで、今はテレビや映画に出演して活躍されている方だ。
はじめは何気なく見ていたけど、その中で『「自分らしく」という言葉は自分に対して「甘えの言葉」であって好きではない』というお話が耳に留まり、見入ってしまった。
『「自分らしく」という言葉は、困難な状況から楽な方へ行ってしまう言い訳みたいなものだ』というような意味だったと思う。
お父さんも、前から「自分らしく」とか「自分らしさ」という言葉に違和感を持っていて、『自分に対する「逃げ」の言葉だよな~』と思っていた。だから、天海さんのお話にすごく共感したし、その通りだと思った。
最近は、よく「自分らしく」とか「自分らしさ」というけど、その言葉の裏には「これ以上、自分は努力する必要がない」「自分以外の他者に対して、自分の足りない部分を受け入れてもらいたい」というニュアンスが含まれているように思う。
人は、家族であろうが全くの他人であろうが他者との関係を切り離して存在することはできない。そして、他の人と関わることは面倒なことが多い。
そうした面倒なことから解放されて「自分の好き勝手にしたい」ということをもっともらしく表現した言葉が「自分らしく」とか「自分らしさ」なのだと思う。
それは、自分の努力を放棄して、その足りない部分を他人の「受容」に甘えて押し付けるということではないだろうか。
もちろん「自分らしく」や「自分らしさ」という言葉の意味のすべてを否定するつもりはないけど、これらの言葉にはこうした意味合いが多分にあるように思う。
「自分らしくそのままでいい」と思ったら、向上心も何もなくなって成長することはない。
自分は努力せずに、他者に我慢を強いることになるようならそれは大きな間違いだ。
結局、これは他者を置いて、「自分を優先する」ということであり、悪く言えば「わがまま」な考え方だと思う。
もちろん、他人に迷惑をかけない範囲のことなら「自分らしさ」があってもかまわないときもあるけどね。
でも、仮に他人に迷惑をかけないとしても「自分らしく」「自分らしさ」を優先すると、努力はしなくなるし成長もない。それでは自分の人生が豊かになることはないだろう。
最後は、(何らかの不利益が)自分に返ってくると思うからあなたたちも気を付けてね!





