お父さんの大事な話

~ 子供に伝えたい!! お父さんの熱い思いをひたすら語るブログです ~

「自分らしく」・・・は甘えの言葉

お兄ちゃんが小学生の時に描いた絵だね。
なんだかよく分かんないけど(笑)
絵は「自分らしく」でまったく問題ないけどね・・・

 

 以前、あるニュース番組で女優の天海祐希さんのインタビューが放送されていた。

 

 天海さんは、元宝塚歌劇団のトップスターで、今はテレビや映画に出演して活躍されている方だ。

 

 はじめは何気なく見ていたけど、その中で『「自分らしく」という言葉は自分に対して「甘えの言葉」であって好きではない』というお話が耳に留まり、見入ってしまった。

 

 『「自分らしく」という言葉は、困難な状況から楽な方へ行ってしまう言い訳みたいなものだ』というような意味だったと思う。

 

 お父さんも、前から「自分らしく」とか「自分らしさ」という言葉に違和感を持っていて、『自分に対する「逃げ」の言葉だよな~』と思っていた。だから、天海さんのお話にすごく共感したし、その通りだと思った。

 

 最近は、よく「自分らしく」とか「自分らしさ」というけど、その言葉の裏には「これ以上、自分は努力する必要がない」「自分以外の他者に対して、自分の足りない部分を受け入れてもらいたい」というニュアンスが含まれているように思う。

 

 人は、家族であろうが全くの他人であろうが他者との関係を切り離して存在することはできない。そして、他の人と関わることは面倒なことが多い。

 

 そうした面倒なことから解放されて「自分の好き勝手にしたい」ということをもっともらしく表現した言葉が「自分らしく」とか「自分らしさ」なのだと思う。

 

 それは、自分の努力を放棄して、その足りない部分を他人の「受容」に甘えて押し付けるということではないだろうか。

 

 もちろん「自分らしく」や「自分らしさ」という言葉の意味のすべてを否定するつもりはないけど、これらの言葉にはこうした意味合いが多分にあるように思う。

 

「自分らしくそのままでいい」と思ったら、向上心も何もなくなって成長することはない。

 

 自分は努力せずに、他者に我慢を強いることになるようならそれは大きな間違いだ。

 

 結局、これは他者を置いて、「自分を優先する」ということであり、悪く言えば「わがまま」な考え方だと思う。

 

 もちろん、他人に迷惑をかけない範囲のことなら「自分らしさ」があってもかまわないときもあるけどね。

 

 でも、仮に他人に迷惑をかけないとしても「自分らしく」「自分らしさ」を優先すると、努力はしなくなるし成長もない。それでは自分の人生が豊かになることはないだろう。

 

 最後は、(何らかの不利益が)自分に返ってくると思うからあなたたちも気を付けてね!

 

 

通学

お父さんも高校の時は自転車で学校に通った

 

 「若い時の苦労は買ってでもせよ(買うてもせよ)」と言うけど、これは「若い時分の苦労は自分を鍛えてくれて将来役立つ貴重な経験となるから、自分から進んで買って出てもした方がよい。」という意味だ。(学研 故事ことわざ辞典)

 

 嫌なこと、辛いことから逃げないで、それを乗り越えていろいろな経験を積むことが将来の自分のためになるということだ。

 若いうちは失敗しても許されることが多いし、若いからやり直しもきくからね。「失敗は成功のもと」ともいうから若いうちは失敗を恐れず、そして、苦労をいとわずいろいろな経験を積んだ方がいい。

 

 また、若いうちから面倒なことでも、やり切れる力を身につけておいた方がよいという意味もある。つまり、若いころからストレス耐性(ストレスに強い精神)を身につけておきなさい、ということでお父さんはこれが非常に大事だと思ってる。

 

 お父さんが、いつも「人間、やりたくてもやったらいけないことがあるし、やりたくなくてもやらなきゃいけないことがある。」と言ってるでしょ?

 

 人生は、楽しいことばかりじゃない。むしろ、苦しいこと辛いことの方が多い。仕事や家庭においても悩みや苦労のない人生はないし、日々、我慢を強いられることが多いのが現実だ。

 

 まあ、若いあなたたちにそんなことを言うと夢も希望もない感じになってしまうかもしれないが、幸せになるためには我慢強く、辛抱強くないといけないし、相当の努力がいるということだよ。

 

 あなたたちも学校の勉強やクラブ活動で、いろいろと悩みや苦労もあるだろうけど頑張って乗り越えてほしい。

 

 小さな話かもしれないが、通学を例にとると、誰でも雨が降ったり雪が降ったりすれば傘をさして歩くのも、合羽を着て自転車に乗って行くのも、満員の電車やバスに乗って行くのも嫌なものだ。できれば、お父さんやお母さんに車に乗せてもらって学校へ送ってもらった方が楽だからそうして欲しいよね。

 

 車で送ってあげるのは簡単だけど、そうすると我慢強さが身につかないんだよ。通学ぐらいと思うかもしれないけど、通学一つとっても身体的、精神的な我慢強さを身につける良い機会だとお父さんは思ってる。

 

 また、そういう経験をすることで、「こういう雨や風の強い日は、こうした方が濡れにくい。」とか、「傘や合羽で視界が悪くなるからこういう危険があるから気を付けよう。」とか学習するわけだ。

 

 それは、自分が将来、車を運転するようになった時、傘をさしている人や合羽を着て自転車に乗っている人がいたら、こういう点に気を付けて運転しないと危ないな、ということも分かるわけだ。

 

 そして、何回も経験していると要領も良くなって、初めは大変だと思ったことがそうでもなくなる。それは、経験を積むことで知らないうちに我慢強くなるということだ。我慢のキャパ(容量)が大きくなるんだよ。そうするとちょっと面倒なことでも大変に感じなくなる。それが大事なんだ。

 

 これは、学校の授業を何回受けていても身につかないものだ。

 

 我慢できない人は、人生のいろいろな苦労を乗り超えることはできないだろうし、仕事なんかも簡単に辞めてしまったりして、ろくな人生を歩むことはできない。

 

 ぜひ、あなたたちには我慢強い大人になって、どんな苦労も乗り越えられる人間になって欲しい。

 

 だから、通学は頑張って自力で行きなさい!!

 

 

素敵なつながり

金木犀は秋のにおい
昔、子供のころに母と眺めたことを思い出す

 

 前回、90歳になっても笹餅を作るミサオばあちゃんの話をしたけど、今回もその続きであの番組を見て感じたことを伝えたいと思う。

 

 番組の中では、ミサオばあちゃんがお母さんからもらった言葉や思い出について語っている場面がある。このミサオばあちゃんのお母さんの言葉もとても印象的で、親子の何とも言えない素敵なつながりを感じた。

 

 ミサオばあちゃんのお父さんは早くに亡くなって、お母さんが4人の子供を女手一つで育ててくれたらしい。お母さんは器用だったらしく、縫物もなんでも作れたそうで、縫物や料理など生活に必要なことは全部教えてくれたそうだ。

 

 ミサオばあちゃんのお母さんの言葉をいくつか紹介しておくね。

 

 「十本の指は、黄金の山」

 

 これは、「この十本の指さえ動かしていればお金に不自由しない」という意味だそうだ。「母からいただいた宝物」と言って、大事そうに自分の指をさするミサオばあちゃんが微笑ましい。

 

 「仕事、仕事さ教えてくれる」

 

 これは、「一生懸命に仕事をすることによって、仕事が仕事を教えてくれる」という意味だ。一生懸命に仕事をしていると、「ああでもない、こうでもない」「ああした方がいい、こうした方がいい」と、いろいろ試行錯誤を繰り返すうちにだんだんうまくいく方法が分かってきて、より良いものが出来上がるようになるという意味だと思う。

 失敗から学ぶこともたくさんあるだろう。いいかげんな仕事を同じように繰り返していても良くはならいからね。

 

 「初めから達成する者はいない、

それが完璧になるまで自分で工夫する」

 

 本当にそのとおりで、はじめからなんでもうまくできる人はいない。もちろん人ごとに上達の速さは違うかもしれないけれど、初めから完璧に仕事ができる人はいない。向上心をもって、いろいろ工夫して時には失敗しながらだんだん覚えて成長していくんだね。

 はじめにうまくいかないからと言って簡単にあきらめずに、辛抱して仕事ができるようになるまで努力しなければならない。

 

 そして、心にしみるエピソードも二つあった。

 

 ミサオばあちゃんは、19歳で地元の男性と結婚して子供を(二人?)授かった。夫婦二人で働いても生活は楽ではなかったそうだ。そんな中、お母さんに「子供育てるってなんぼうだで(大変)だな」と言ったところ、お母さんは「ふーん。ミサオなんぼ偉いばな。4人の子供、女手一つで育てたけど、うだでって思ったこと一度もない。」と返されたそうだ。

 

 その時、ミサオばあちゃんは、「母の苦労を分かっていながらなんであんなことを言ったのか。」と、今でも悔いが残っているそうで、それから自分で愚痴を言うのをやめたそうだ。

 

 また、ミサオばあちゃんが子供のころに、お母さんと二人で草取りに行ったときのことだ。お昼になってご飯を食べたら、ミサオばあちゃんは眠たくなって眠ってしまったらしい。

 

 目が覚めたら、お母さんが汗を拭きふき一生懸命草を取っていた。ミサオばあちゃんがお母さんに「起こせばよかったのに」と言ったら、お母さんが「いいんだね、ミサオの寝顔、あんまりめんこくて(可愛くて)、起こすのもったいなくて寝かせておいたからいいんだ。」って。

 

 ミサオばあちゃんは、「あー、私のこと一番めんこい(可愛い)んだ。」って思ったらしく、今でもそれを思い出すと涙が出るらしい。

 

 親子の愛情って、そういうものなんだよな~。

 親子に限らず、夫婦でも恋人でも誰とでも、言葉で「愛してる」なんて軽いんだよ。お父さんはそう思う。口先だけなら何でも言えるからね。だからお父さんは「愛してる」という言葉は好きではないんだ。なんだか軽薄な感じがして。

 

 話は横道にそれたけど、ミサオばあちゃんもそのお母さんも、けして勉強ができたわけではないのだろうけど、「生きるすべ」というか「人としてどう生きるべきか」ということがしっかり心と身体にしみこんでいたんだろうね。それが、生きていくうえで一番大事なことだと思う。ミサオばあちゃんもすごいけど、そのお母さんも偉かった。

 

 見習いたいもんだね。

 

 ※参考 NHKプロフェッショナル「餅ばあちゃんの物語~菓子職人・桑田ミサオ~」

 

 

人間、死ぬまで働くようにできている

おじいちゃんが亡くなってもうすぐ一年になる
おじいちゃんも死ぬまで人のために働いた人だった

 

 この前、何気なくテレビを見ていたらNHKの「プロフェッショナル」が始まった。どうも高校野球が雨で試合が無くなったので、その穴埋めの番組らしい。

 

 番組は、2020年に放送されたものの再放送で、「餅ばあちゃんの物語~菓子職人・桑田ミサオ~」というものだった。

 

 内容は、当時93歳のおばあちゃん(桑田ミサオさん)が、たった一人で年間5万個の笹餅を作っているというお話だった。

 

 はじめは特に興味もなく何となく見始めたが、見るうちにミサオばあちゃんの何とも言えないやわらかで穏やかな笑顔とその物語にどんどん引き込まれてしまった。

 

 ミサオばあちゃんは、笹餅の材料となる小豆を自分で育て、笹も自分で藪の中に入って取ってくる。笹は丁寧に洗って、先っぽの傷んだところははさみで切って、形を整えて餅を包むのに使っている。笹を取りに行くのに自転車に乗っていくのだが、その後姿がまた颯爽としていてかっこいい。

 

 ミサオばあちゃんが笹餅を作るようになったのは、60歳の時に特別養護老人ホームに慰問に行ったときにお土産に笹餅を作って持って行ったのがきっかけだ。

 

 笹餅を持っていくと、老人ホームに入居しているおばあちゃんがその笹餅を食べて「おいしい」と言って涙を流して喜んでくれたそうだ。

 

 ミサオばあちゃんは、家に帰って「今日なんていいことをしたんだろう。お餅を食べて涙流して喜んでくれるなら一生(お餅を)作ろう。」と思ったそうだ。

 

 それから試行錯誤を5年、満足いく材料を作れるようになるまで10年かかったそうだ。本当にすごいことだね。

 

 お父さんは今、50代半ば。まだ、60歳になってない。今から5年後に始めたことを30年以上続ける・・・なんてことは想像もできない。

 

 ミサオばあちゃんから見たら、お父さんもまだまだ子供だね。

 

 大じいさま(お父さんのおじいちゃん)はある先生から、「人間は死ぬまで働くようにできている」と教えられたそうで、それをお父さんたちにも教えてくれた。

 

 おじいちゃんが亡くなって、もうすぐ一年になるけど、おじいちゃんも死ぬ直前まで人のために働いた人だった。

 

 なかなかできないことだけど、自分もそうありたいと思う。

 

 

 

 

「強情は破滅」「素直は成長」

この花のように素直にまっすぐ成長してほしい

 

 ブログを始めたころに掲載した「壁を薄くする」という話や前回の「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」の話と少し被るかもしれないけど、やはり人間は「素直」な人が成長するという話をしてみたい。

 

 そもそも「素直」とはどういう意味だろう?

 

 辞書には「性格がおだやかで、さからわないようす。特にかざったりなどすることなく、ありのままでしぜんなようす。」(三省堂 国語辞典)とある。

 

 これに対して、「強情」とはどんな意味だろう?

 

 辞書には「自分の考えをなかなか変えないようす。いじっぱり。」(三省堂 国語辞典)とある。

 

 ようするに「強情」な人は、自分の殻に閉じこもって考え方を変えないから成長しないんだな。人から何か言われても、それを受け入れられずに自分の理屈で押し返してしまって跳ねのけてしまう。これでは自分のバブル(知識や経験)の中身は大きくならない。

 

 こういう人は、結局、成長しないだけではなく誰からも相手にされなくなって、知らず知らず「破滅」の道に向かうだけだ。

 

 一方で、「素直」な人は、人からの忠告も素直に吸収することができる。人から何かを言われることは、人間誰しも嫌なものだけれど、「素直」な人は多少嫌な思いや腹が立ったとしても、「そういう考えもありかな」と一旦受け入れることができる。

 

 そして、それを行動に移したときに、「なるほど忠告されたとおりだった」となれば、一つ「成長」することができるわけだ。

 

 反対に、「忠告は間違いだった」となれば、それはそれで「間違いだった」ことが分かったので、次からそれに気を付ければよいから、これもまた一つの「成長」だ。

 

 こうして自分のバブルの中身が増えていく(容量が大きくなる)。それが「成長」だ。

 

 残念ながら、バブルの「膜」をなくすことはできないが、「素直」になることによって、バブルの中身の容量を増やすことはできる。

 

 昔、おばあちゃんから 「強情」な性格はいかん!!

「素直」に人の言うことを聞きなさい!!

 

 と、良く叱られた…

 

 今思えば、本当にそうだなと思う。

 あなたたちも「素直」に人の言うことを聞いて「成長」してほしい。

 

 そんな、おばあちゃんはけっこう「強情」だったけどね・・・ばあちゃんゴメン!

 

 

nikkokun0103.hatenablog.jp

 

 

 

広く浅く…

バブルの中身はどうなってる?

 

 今の時代、インターネットが普及してパソコンやスマホでいつでもどこでも、何でも調べることができるし、ありとあらゆる情報を簡単に取得することができるようになった。

 

 お父さんの若い頃は、テレビやラジオ、新聞や雑誌、そして本が情報を取得する手段のメインだった。まあ、お父さんの場合は圧倒的にテレビを見ることが多かったけどね。それでもテレビやラジオがない大昔の時代に比べればずいぶん便利なことだが、今はインターネットによってさらに便利になった。

 

 じゃあ便利になっていろいろな情報を簡単に取得できるようになったからといって、幅広くいろいろな知識が身につくようになったかと言えばそうでもなさそうなんだよね。

 

 というのもスマホなどでインターネットを利用するときは、大体、自分が興味のあるものしか見ないよね。お父さんもよく見るけど、例えば、YouTubeなどの動画も自分の好きな動画しか見ない。あえて見たくもないような動画を見る人はあまりいないだろう。

 

 そして、好きな動画を見ていると自動的に関連する動画が出て来て、また見てしまう。結局、自分の興味のある範囲のものばかりになって、それ以外の情報や知識に触れる機会がかえって少なくなってしまっていると思う。

 

 こういう自分の興味のある情報だけに偏ってしまう状態のことを、「フィルターバブル」とか「エコーチェンバー」と言うそうだ。

 

 「フィルターバブル」とは、インターネットで自動的に配信されてくる情報を受け取り続けることによって、それを見ている我々が、自分の興味のある情報だけにしか触れなくなり、あたかも情報の膜につつまれたかのような状態になることだ。

 このバブルの内側では、自分と似た考えや意見が多く集まり、反対のものは排除(フィルタリング)されてしまうので、その存在そのものに気付くことが難しくなってしまう。(参考:総務省令和5年版情報通信白書)

 

 また、「エコーチェンバー」とは、SNS等のインターネット上で、自分と似た興味や関心を持つ人たちが集まる場でコミュニケーションする結果、自分が発信した意見に似た意見が返ってきて、特定の意見や思想が増幅していく状態のことだ。

 何度も同じような意見を聞くことで、それが正しく、間違いのないものであると、より強く信じ込んでしまう傾向にあるらしい。(参考:総務省令和5年版情報通信白書)

 

 そうなってしまうと、自分の知識や考え方が、極端に偏ってしまってすごく視野の狭い人間になってしまう。

 

 大じいさまは、「広く浅く、いろいろな知識を身につけなさい。」と教えてくれた。政治・経済・歴史・科学・文化・スポーツなど様々な分野について、「広く浅く」知っておくことが大事だ。

 

 例えば、一口に文化と言っても、日本なら書画・華道・茶道・陶芸・着物など様々ある。どの分野も細分化すればさらにいろいろなものがある。

 

 もちろん、その中で何か一つでも専門的な知識を学んで身につけることができたら、なお良いことだね。

 

 様々な知識を身につけることによって、考え方も変わるだろうし、また、人との付き合いの中で、誰と会っても何かしら共通の話題を見つけてお話しすることができる。

 

 大人になって社会に出たら、コミュニケーション能力が非常に大事だからね。どんな仕事でも人との関わりあいなしでできる仕事はない。

 

 テレビや新聞もあてにならないところもあるけど、やはり情報を取得するツール(道具)としてはまだまだ活用の余地はある。

 

 あとは何と言っても読書。お父さんも最近はあまり本を読む時間がないけどテレビや新聞、インターネットよりも深い知識を身につけることができる。

 

 まあ、ツールはなんでもいいけど、スマホばっかり見てないで様々な情報ツールからいろいろな知識を身につけて「広く浅く」どんな話題でも少しは話についていくことができるような大人になってね!!

 

 スマホばっかり見てたらアカンで!!

 

 

 

それぞれの春…

春は別れと出会いの季節

 

 それぞれの春が来た。

 

 お姉ちゃんは高校3年生、お兄ちゃんは高校1年生、一番下のボクは中学1年生にそれぞれなったね。

 

 お兄ちゃんは、残念ながら公立高校は不合格で仲の良かった友達とも離ればなれになってしまったけど、それはそれでいいんじゃないかな。

 

 幼稚園から同じで、小学校は吹奏楽、中学校ではハンドボール部で一緒に切磋琢磨してきた仲だ。離れるのは淋しいだろうけど、いつまでも一緒にいるわけじゃないから。

 

 お兄ちゃんは、中学校最後の試合の時、体調不良で試合にほとんど出られなかったことが消化不良だったのか高校に入ってもハンドボール部に入ったけど、お友達は高校では別のクラブに入ったね。

 それぞれの道を選んで新しい友達もでき、世界が広がっていくだろうから良かったんじゃないかな。それに、別々の高校に入ったからと言って、友達関係が無くなるわけじゃないから。

 

 お父さんは、公立高校であろうが私立高校であろうがどっちでもいいと思っている。不合格になったこと自体は大したことではないし、入学した高校で頑張ればいい。

 お兄ちゃんは、自信過剰なところがあるから、むしろ、早いうちにちょっとした挫折を味わって、かえって良かったと思っているくらいだ。

 

 お父さんもお母さんも合格するだろうと思っていた。そして何より本人が一番、「落ちるはずはない」と思っていただろう。油断したね・・・間違いなく。

 

 お父さんは、「最後まで油断しちゃいけない。1点の差で落ちることもある。1点をバカにするな。」と言ってたけど、残念ながら本当にそのような感じ(3点差?)になってしまった。

 

 だから、不合格になるにはそれなりの理由があるわけで、それについてはよく考えて反省し、次に生かしてほしい。

 

 お姉ちゃんは、いよいよ大学受験だ。でも、強化部活が忙しくて、なかなか勉強時間を確保するのが難しいから悩ましい。まだまだ、志望校のレベルとの差はあるかもしれないけど、体を壊すことなく精一杯頑張って合格を勝ち取ってほしいと願っている。

 

 部活動は大変だと思うけど、人間関係も含めて勉強だけでは得られない経験をいっぱいさせてもらっているし、辛い3年間を乗り越えたその経験は間違いなく自信にもなる。

 

 これからの人生で辛いことや苦しいことがたくさんあるだろうけど、この高校3年間、苦しい部活動を乗り越えたことがきっと支えになるだろう。

 

 ある意味、勉強は後からでもできるけど、部活動の経験は今しかできないからね。勉強と部活動の両立は大変だろうけど、頑張って!応援してるぞ!

 

 一番下のボクは、中学校だ。これからの中学、高校の6年間は、人生の基礎を作るための大事な6年間だ。この6年間をいい加減に過ごすか、しっかり頑張るかでこれからの人生に大きく影響するからまじめに頑張って欲しい。

 

 お兄ちゃんと同じハンドボール部に入部したので、部活動と勉強と両方しっかり頑張ってね。

 

 一番下のボクは、上にお姉ちゃんとお兄ちゃんという道しるべがあるから、良いところはまねて、悪いところはまねしないように。せっかくすぐ近くに良い先輩がいるからこれを生かさない手はない。

 

 お姉ちゃんやお兄ちゃんを良いお手本に自分なりの道をしっかり歩んで欲しい。

 

 3人とも頑張れ~~~~!!!!