お父さんの大事な話

~ 子供に伝えたい!! お父さんの熱い思いをひたすら語るブログです ~

時は金なり

「お金」も「時間」もむだ使いは禁物だ・・・

 

 昔から「時は金なり」ということわざがある。「時間は金銭と同様に貴重なものだから、むだに過ごしてはならないということ。」(学研 故事ことわざ辞典)という意味だ。

 

 あなたたち学生のように時間がたっぷりあるうちは、あまりピンとこずに実感がわかないかもしれない。

 

 ん?  そんなことないって?  「時間がなくて忙しい」って?

 

 いやいや、休みの日に午前中ずっと寝てる人たちに言われたくないわ…(笑)

 

 ま、お父さんも若い時はそうだった・・・

 その時は、一生懸命やってるつもりだし、時間がないと思ってたかもしれない。

 

 みんなもそうだろう。

 

 しかし、大人になって働くようになり、そして、結婚して家庭をもって子育てをすると、本当に自分の時間なんてなかなか持てない。これはその立場を経験しないと分からないだろうね。

 

 お父さんも若い時に、おじいいちゃんやおばあちゃんに言われたのがこの「時は金なり」という言葉だ。「時間を無駄にするな、大切にせよ」とよく言われた。その時は分かってるつもりなんだけど、やっぱり若い時は分からないんだよね。残念ながら・・・

 

 そして、おばあちゃんは、「時間というのは神様から与えられたものであって、その人その人にしか使えないもので、自分の時間を誰かにあげたり、また、誰かからもらったりすることができないんだよ。」と教えてくれた。

 

 だから、「時間を大切に使いなさい。」と・・・本当にそのとおりだよね。

 

 今、あなたたちは大学1年生、高校2年生、中学2年生だ。人生の基礎を作るためのとても重要な時期で、過ごし方によってはこの先の将来を大きく左右する時期だと言っていい。

 

 マンガを読んだり、スマホで動画を見たり、友達と長時間お話したり・・・

 

 もちろんそういう時間があっても良いけれど、限度を付けないとダラダラと無駄な時間を過ごしてしまいかねない。

 

 そして、学校の勉強だけでなく、読書やニュースを見たり新聞を読むなどして社会のことも広く知って欲しいし、いろいろなことに挑戦して知見を広げるために時間を使ってほしい。

 

 とにかく時間を有効に使って、幅広くいろいろな知識を身につけ、いろいろな体験をして人間的に成長してほしいと思う。

 

 過ぎた時間は戻らない。

 

 「あのとき、お父さんが言ったようにもっと勉強しておけばよかった・・・」などと、後悔しないように頑張ってね。

 

 

「小さな選択」

これは迷うわ~
究極の選択や!!

 

 人生は、いろいろな場面で「選択」を迫られる。

 

 高校受験や大学受験などの進学や就職、転職、結婚など・・・

 人生の節目で、いくつかある選択肢の中から一つを選択して前に進んでいかなければならない。

 

 残念ながら選択肢のすべてをやり比べることはできない。

 

 若いうちは、多少失敗してもやり直すことはできたとしても、やはり費やした時間は戻ってこない。もちろん、その失敗した経験が良い経験となって後に生かされることもあるけどね。

 

 今、例に挙げたものは人生において「大きな選択」だ。これはもちろん大事なのだがそれ以上にというか、その「大きな選択」につながる日々の「小さな選択」が非常に大事で、お父さんは、人生は「小さな選択」の積み重ねだと思っている。

 

 では、その「小さな選択」とは何か。

 

 例えば、腹が立った時にストレートに怒りを表に出して相手にぶつけるのか、グッとこらえて我慢するのか。人とケンカしたあとに素直に謝るか謝らないか。人から親切にしてもらった時にちゃんとお礼を言うか言わないか。勉強するのかスマホやテレビを見て自由な時間を過ごすのかどうか。塾に通うか通わないとか。

 

 他にも甘いおやつを食べるのか我慢するのか。お酒を飲むか飲まないか。たばこを吸うか吸わないか。日課にしている運動を今日もするのか休むのか。お掃除や整理整頓をするかしないか。

 

 お父さんがよく迷うのは、あなたたちを叱る時に厳しくしかった方が良いのか優しく諭すように話した方が良いのか。そもそも叱るべきか否か・・・

 

 挙げだしたらキリがないけど、人はプライベートでも仕事の上でも日々、様々な「小さな選択」を迫られる。

 

 そして、この「小さな選択」のうち、どちらを選んだ方が良いかを分かっていることもある。分かっているのだけれど、必ずしも良い方を選べないのが人間だ。

 

 先ほどの例でも、人とケンカしたら謝って仲直りした方が良いし、スマホを触って遊んでいるくらいなら勉強した方がいい。甘いものを好き勝手食べるより我慢した方がいいし、お酒も飲みすぎない方がいい。

 

 すべての「選択」が「良い」「悪い」で片付くわけではないけど、特に「小さな選択」はけっこうそう分けられることが多いように思う。それなら、良い方を選べばいいし選択をするのは簡単なはずだ。しかし、残念ながらなかなかそうはいかない・・・

 

                 どうしてか?

 

 それは、良い方を選ぶとしんどいことを伴うことが多いからだ。良い方を選択するには、それなりの努力や忍耐が必要になることが多いので良い方を選択するのが難しいわけだ。

 

 人とケンカして謝るのも、仕事でミスをして取引先やお客様に謝るのもなかなか胆力のいることだ。食べたいものを我慢するのもつらい。

 

 誰だって勉強するよりスマホで好きなことをしていた方が楽しいし、塾へ通うのもめんどくさい。

 

 人間は、「易きに流れる」・・・ついつい楽な方に流されてしまうものだ。

 

 毎日、山のようにたくさん迫られる「小さな選択」の前に、我々は楽な方を選んでしまいがちだ。

 

 しかし、そこで歯を食いしばって良い方を選択できれば人生はおのずと開けるだろう。「大きな選択」の場面が来たとしてもきっと良い方を選ぶことができる可能性が高くなる。

 

 そして、そもそも「大きな選択」の選択肢の内容がよりレベルの高いものになるのだと思う。

 

 まあ、「言うは易く行うは難し」だが、日々、そう思って「小さな選択」に真摯に向き合う努力をして過ごしている人とそうでない人とでは、先々雲泥の差がでるだろうね。

 

 100%はできないだろうけど、あなたたちのような若いころから気を付けていけば、きっと将来はより良い方に道が開けると思うのでぜひ頑張ってほしい。

 

 お父さんも老い先短いけど、それでも頑張るよ。

 

 

 

「手段」と「目的」

桜もいいけど椿もね・・・
虫さんも活動開始!

 

 今年も春が来た。

 お姉ちゃんは大学1年生、お兄ちゃんは高校2年生、そして一番下のボクは中学2年生になる。

 

 お姉ちゃんは、強化部活だったので高校3年生の12月初旬までクラブ活動があったから、なかなか勉強時間が取れなかったね。残念ながら第一志望の公立学校は不合格だったけど、私立には合格したから良かった。おめでとう!

 

 第一志望の不合格は残念だけど、クラブ活動が終わった直後からうまく切り替えて、共通テストまでの一か月はものすごい勢いで勉強していた。

 共通テスト後、二次試験までの一か月も小論文対策で必死に頑張った。一時は私立も危ない、という状態だったけど「公立学校にいけるかも!」と思えるところまでレベルを上げたのは本当によく頑張ったと思うし、心から褒めてあげたい。

 

 はじめは、「私立には行きたくない」と言っていたけど、お姉ちゃんが目指そうと思っている専門分野の大先輩などからアドバイスを受けて、気持ちを切り替えて私立に行くことを決断した。

 

 お父さんは、それでよかったと思っている。どうしても第一志望の学校でしか学べないことがあるなら仕方がないけど、入学を決めた私立の学校でも十分学ぶことができる。

 

 お父さんも若いころそうだったけど、子供というのはどうしても偏差値に惑わされるというか、少しでも偏差値の高いところへの憧れ、プライドみたいなものがある。

 

 よほど東大や京大などの超難関国立大学や早稲田、慶応などの有名私立大学ならこだわるのも分からないわけではないが、社会に出ればわかるけど、そういう有名で偏差値が高い大学出身でも使えない者は使えないからね。

 

 結局、「どこへ行くかではなく、行って何を学ぶか」が大事なんだ。

 

 あなたたちは、社会人としての経験がないから、大学を選ぶときにどうしても偏差値を中心に考えてしまいがちだ。もちろん、偏差値を基準に検討せざるを得ないことは仕方がないが、それに固執する必要はないということだ。

 

 大学へ行くということは「手段」であって「目的」ではない。「目的」は大学へ行って何を学び、どのような知識や技術を身につけ、それを社会に出たときにどう生かすか、ということだ。

 

 これが分かっていないと大学へ行くという「手段」が「目的」になってしまう。

 要は、「手段」が「目的」化してしまうということだ。意味が分かるかなぁ?

 

 それは本質ではない。

 

 これは大人の人でもけっこう勘違いしてたり、間違える話で仕事をするうえでも大事なことだ。

 

 お姉ちゃんが入学を決心した大学は、けして悪い大学じゃないし、お姉ちゃんが目指している専門職になるためにちゃんと必要なことを学ぶことができる大学だ。

 

 だから、安心して入学して、卒業後は社会のために役に立つ人間になるようにしっかり勉強してください!応援していますよ!

 

 まあ公立学校と私立学校では学費が全然違うというのはあるけど・・・

 でも、それは親の問題だから・・・

 

 任せとけ!!・・・(汗)

 

 

「自分らしく」・・・は甘えの言葉

お兄ちゃんが小学生の時に描いた絵だね。
なんだかよく分かんないけど(笑)
絵は「自分らしく」でまったく問題ないけどね・・・

 

 以前、あるニュース番組で女優の天海祐希さんのインタビューが放送されていた。

 

 天海さんは、元宝塚歌劇団のトップスターで、今はテレビや映画に出演して活躍されている方だ。

 

 はじめは何気なく見ていたけど、その中で『「自分らしく」という言葉は自分に対して「甘えの言葉」であって好きではない』というお話が耳に留まり、見入ってしまった。

 

 『「自分らしく」という言葉は、困難な状況から楽な方へ行ってしまう言い訳みたいなものだ』というような意味だったと思う。

 

 お父さんも、前から「自分らしく」とか「自分らしさ」という言葉に違和感を持っていて、『自分に対する「逃げ」の言葉だよな~』と思っていた。だから、天海さんのお話にすごく共感したし、その通りだと思った。

 

 最近は、よく「自分らしく」とか「自分らしさ」というけど、その言葉の裏には「これ以上、自分は努力する必要がない」「自分以外の他者に対して、自分の足りない部分を受け入れてもらいたい」というニュアンスが含まれているように思う。

 

 人は、家族であろうが全くの他人であろうが他者との関係を切り離して存在することはできない。そして、他の人と関わることは面倒なことが多い。

 

 そうした面倒なことから解放されて「自分の好き勝手にしたい」ということをもっともらしく表現した言葉が「自分らしく」とか「自分らしさ」なのだと思う。

 

 それは、自分の努力を放棄して、その足りない部分を他人の「受容」に甘えて押し付けるということではないだろうか。

 

 もちろん「自分らしく」や「自分らしさ」という言葉の意味のすべてを否定するつもりはないけど、これらの言葉にはこうした意味合いが多分にあるように思う。

 

「自分らしくそのままでいい」と思ったら、向上心も何もなくなって成長することはない。

 

 自分は努力せずに、他者に我慢を強いることになるようならそれは大きな間違いだ。

 

 結局、これは他者を置いて、「自分を優先する」ということであり、悪く言えば「わがまま」な考え方だと思う。

 

 もちろん、他人に迷惑をかけない範囲のことなら「自分らしさ」があってもかまわないときもあるけどね。

 

 でも、仮に他人に迷惑をかけないとしても「自分らしく」「自分らしさ」を優先すると、努力はしなくなるし成長もない。それでは自分の人生が豊かになることはないだろう。

 

 最後は、(何らかの不利益が)自分に返ってくると思うからあなたたちも気を付けてね!

 

 

通学

お父さんも高校の時は自転車で学校に通った

 

 「若い時の苦労は買ってでもせよ(買うてもせよ)」と言うけど、これは「若い時分の苦労は自分を鍛えてくれて将来役立つ貴重な経験となるから、自分から進んで買って出てもした方がよい。」という意味だ。(学研 故事ことわざ辞典)

 

 嫌なこと、辛いことから逃げないで、それを乗り越えていろいろな経験を積むことが将来の自分のためになるということだ。

 若いうちは失敗しても許されることが多いし、若いからやり直しもきくからね。「失敗は成功のもと」ともいうから若いうちは失敗を恐れず、そして、苦労をいとわずいろいろな経験を積んだ方がいい。

 

 また、若いうちから面倒なことでも、やり切れる力を身につけておいた方がよいという意味もある。つまり、若いころからストレス耐性(ストレスに強い精神)を身につけておきなさい、ということでお父さんはこれが非常に大事だと思ってる。

 

 お父さんが、いつも「人間、やりたくてもやったらいけないことがあるし、やりたくなくてもやらなきゃいけないことがある。」と言ってるでしょ?

 

 人生は、楽しいことばかりじゃない。むしろ、苦しいこと辛いことの方が多い。仕事や家庭においても悩みや苦労のない人生はないし、日々、我慢を強いられることが多いのが現実だ。

 

 まあ、若いあなたたちにそんなことを言うと夢も希望もない感じになってしまうかもしれないが、幸せになるためには我慢強く、辛抱強くないといけないし、相当の努力がいるということだよ。

 

 あなたたちも学校の勉強やクラブ活動で、いろいろと悩みや苦労もあるだろうけど頑張って乗り越えてほしい。

 

 小さな話かもしれないが、通学を例にとると、誰でも雨が降ったり雪が降ったりすれば傘をさして歩くのも、合羽を着て自転車に乗って行くのも、満員の電車やバスに乗って行くのも嫌なものだ。できれば、お父さんやお母さんに車に乗せてもらって学校へ送ってもらった方が楽だからそうして欲しいよね。

 

 車で送ってあげるのは簡単だけど、そうすると我慢強さが身につかないんだよ。通学ぐらいと思うかもしれないけど、通学一つとっても身体的、精神的な我慢強さを身につける良い機会だとお父さんは思ってる。

 

 また、そういう経験をすることで、「こういう雨や風の強い日は、こうした方が濡れにくい。」とか、「傘や合羽で視界が悪くなるからこういう危険があるから気を付けよう。」とか学習するわけだ。

 

 それは、自分が将来、車を運転するようになった時、傘をさしている人や合羽を着て自転車に乗っている人がいたら、こういう点に気を付けて運転しないと危ないな、ということも分かるわけだ。

 

 そして、何回も経験していると要領も良くなって、初めは大変だと思ったことがそうでもなくなる。それは、経験を積むことで知らないうちに我慢強くなるということだ。我慢のキャパ(容量)が大きくなるんだよ。そうするとちょっと面倒なことでも大変に感じなくなる。それが大事なんだ。

 

 これは、学校の授業を何回受けていても身につかないものだ。

 

 我慢できない人は、人生のいろいろな苦労を乗り超えることはできないだろうし、仕事なんかも簡単に辞めてしまったりして、ろくな人生を歩むことはできない。

 

 ぜひ、あなたたちには我慢強い大人になって、どんな苦労も乗り越えられる人間になって欲しい。

 

 だから、通学は頑張って自力で行きなさい!!

 

 

素敵なつながり

金木犀は秋のにおい
昔、子供のころに母と眺めたことを思い出す

 

 前回、90歳になっても笹餅を作るミサオばあちゃんの話をしたけど、今回もその続きであの番組を見て感じたことを伝えたいと思う。

 

 番組の中では、ミサオばあちゃんがお母さんからもらった言葉や思い出について語っている場面がある。このミサオばあちゃんのお母さんの言葉もとても印象的で、親子の何とも言えない素敵なつながりを感じた。

 

 ミサオばあちゃんのお父さんは早くに亡くなって、お母さんが4人の子供を女手一つで育ててくれたらしい。お母さんは器用だったらしく、縫物もなんでも作れたそうで、縫物や料理など生活に必要なことは全部教えてくれたそうだ。

 

 ミサオばあちゃんのお母さんの言葉をいくつか紹介しておくね。

 

 「十本の指は、黄金の山」

 

 これは、「この十本の指さえ動かしていればお金に不自由しない」という意味だそうだ。「母からいただいた宝物」と言って、大事そうに自分の指をさするミサオばあちゃんが微笑ましい。

 

 「仕事、仕事さ教えてくれる」

 

 これは、「一生懸命に仕事をすることによって、仕事が仕事を教えてくれる」という意味だ。一生懸命に仕事をしていると、「ああでもない、こうでもない」「ああした方がいい、こうした方がいい」と、いろいろ試行錯誤を繰り返すうちにだんだんうまくいく方法が分かってきて、より良いものが出来上がるようになるという意味だと思う。

 失敗から学ぶこともたくさんあるだろう。いいかげんな仕事を同じように繰り返していても良くはならいからね。

 

 「初めから達成する者はいない、

それが完璧になるまで自分で工夫する」

 

 本当にそのとおりで、はじめからなんでもうまくできる人はいない。もちろん人ごとに上達の速さは違うかもしれないけれど、初めから完璧に仕事ができる人はいない。向上心をもって、いろいろ工夫して時には失敗しながらだんだん覚えて成長していくんだね。

 はじめにうまくいかないからと言って簡単にあきらめずに、辛抱して仕事ができるようになるまで努力しなければならない。

 

 そして、心にしみるエピソードも二つあった。

 

 ミサオばあちゃんは、19歳で地元の男性と結婚して子供を(二人?)授かった。夫婦二人で働いても生活は楽ではなかったそうだ。そんな中、お母さんに「子供育てるってなんぼうだで(大変)だな」と言ったところ、お母さんは「ふーん。ミサオなんぼ偉いばな。4人の子供、女手一つで育てたけど、うだでって思ったこと一度もない。」と返されたそうだ。

 

 その時、ミサオばあちゃんは、「母の苦労を分かっていながらなんであんなことを言ったのか。」と、今でも悔いが残っているそうで、それから自分で愚痴を言うのをやめたそうだ。

 

 また、ミサオばあちゃんが子供のころに、お母さんと二人で草取りに行ったときのことだ。お昼になってご飯を食べたら、ミサオばあちゃんは眠たくなって眠ってしまったらしい。

 

 目が覚めたら、お母さんが汗を拭きふき一生懸命草を取っていた。ミサオばあちゃんがお母さんに「起こせばよかったのに」と言ったら、お母さんが「いいんだね、ミサオの寝顔、あんまりめんこくて(可愛くて)、起こすのもったいなくて寝かせておいたからいいんだ。」って。

 

 ミサオばあちゃんは、「あー、私のこと一番めんこい(可愛い)んだ。」って思ったらしく、今でもそれを思い出すと涙が出るらしい。

 

 親子の愛情って、そういうものなんだよな~。

 親子に限らず、夫婦でも恋人でも誰とでも、言葉で「愛してる」なんて軽いんだよ。お父さんはそう思う。口先だけなら何でも言えるからね。だからお父さんは「愛してる」という言葉は好きではないんだ。なんだか軽薄な感じがして。

 

 話は横道にそれたけど、ミサオばあちゃんもそのお母さんも、けして勉強ができたわけではないのだろうけど、「生きるすべ」というか「人としてどう生きるべきか」ということがしっかり心と身体にしみこんでいたんだろうね。それが、生きていくうえで一番大事なことだと思う。ミサオばあちゃんもすごいけど、そのお母さんも偉かった。

 

 見習いたいもんだね。

 

 ※参考 NHKプロフェッショナル「餅ばあちゃんの物語~菓子職人・桑田ミサオ~」

 

 

人間、死ぬまで働くようにできている

おじいちゃんが亡くなってもうすぐ一年になる
おじいちゃんも死ぬまで人のために働いた人だった

 

 この前、何気なくテレビを見ていたらNHKの「プロフェッショナル」が始まった。どうも高校野球が雨で試合が無くなったので、その穴埋めの番組らしい。

 

 番組は、2020年に放送されたものの再放送で、「餅ばあちゃんの物語~菓子職人・桑田ミサオ~」というものだった。

 

 内容は、当時93歳のおばあちゃん(桑田ミサオさん)が、たった一人で年間5万個の笹餅を作っているというお話だった。

 

 はじめは特に興味もなく何となく見始めたが、見るうちにミサオばあちゃんの何とも言えないやわらかで穏やかな笑顔とその物語にどんどん引き込まれてしまった。

 

 ミサオばあちゃんは、笹餅の材料となる小豆を自分で育て、笹も自分で藪の中に入って取ってくる。笹は丁寧に洗って、先っぽの傷んだところははさみで切って、形を整えて餅を包むのに使っている。笹を取りに行くのに自転車に乗っていくのだが、その後姿がまた颯爽としていてかっこいい。

 

 ミサオばあちゃんが笹餅を作るようになったのは、60歳の時に特別養護老人ホームに慰問に行ったときにお土産に笹餅を作って持って行ったのがきっかけだ。

 

 笹餅を持っていくと、老人ホームに入居しているおばあちゃんがその笹餅を食べて「おいしい」と言って涙を流して喜んでくれたそうだ。

 

 ミサオばあちゃんは、家に帰って「今日なんていいことをしたんだろう。お餅を食べて涙流して喜んでくれるなら一生(お餅を)作ろう。」と思ったそうだ。

 

 それから試行錯誤を5年、満足いく材料を作れるようになるまで10年かかったそうだ。本当にすごいことだね。

 

 お父さんは今、50代半ば。まだ、60歳になってない。今から5年後に始めたことを30年以上続ける・・・なんてことは想像もできない。

 

 ミサオばあちゃんから見たら、お父さんもまだまだ子供だね。

 

 大じいさま(お父さんのおじいちゃん)はある先生から、「人間は死ぬまで働くようにできている」と教えられたそうで、それをお父さんたちにも教えてくれた。

 

 おじいちゃんが亡くなって、もうすぐ一年になるけど、おじいちゃんも死ぬ直前まで人のために働いた人だった。

 

 なかなかできないことだけど、自分もそうありたいと思う。