お父さんの大事な話

~ 子供に伝えたい!! お父さんの熱い思いをひたすら語るブログです ~

鍾乳石のように

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鍾乳石(写真はフリー素材サイト「写真AC」さんを利用させていただきました。)


 鍾乳石(しょうにゅうせき)って知ってるかい?

 

 鍾乳洞(しょうにゅうどう)という洞窟(どうくつ)の天井からつららのようにぶら下がった石や、下からタケノコのように生えたように見える石、また上からぶら下がった石と下から生えたような石がくっついて柱になった石のことだ。

 

 鍾乳石は、洞窟の天井から石灰(せっかい)という成分を含んだ水がたれてきて、そのしずくの水分が蒸発(じょうはつ)し、石灰が固まってできるらしい。

 

 しずくがたれてきて、ゆっくりゆっくり何年も何年も、気が遠くなるような年月をかけてつららのようになったり、タケノコのようになったり、さらには柱のようになるんだ。

 

 1㎝の大きさになるのに何年かかると思う?

 

 50年から100年くらいかかるんだって!!(もっともっと時間がかかる場合もあるらしい)だから、1mの大きさになるまでに数千年から1万年以上もかかるんだ。 

 

 びっくりだね!!

 

 これまで「正しい善悪の判断基準」を持つことが大事で、それを身につけるには「人の意見を素直に受け入れる」ことが必要だという話をしたね。

 

 「人の意見」というのは、お父さんやお母さんのような家族や学校の先生、友達など直接人から聞く場合に限らず、本やテレビ、インターネットからの情報で得る知識もあるだろう。

 

 その様々な「意見」を素直に受け入れ、そして自分の中でそれを良くかみ砕(くだ)いて十分に検討した上で必要なものを取り入れ、いらないもの「やっぱり間違ってるな」と思うものを捨てていく。その地道な積み重ねの上で自分の中に、ゆっくりゆっくり鍾乳石のように「正しい善悪の判断基準」ができあがって、それが自分の「信念」になっていくのだと思う。

(「信念」=大切だと信じることを守りとおし、その考えを実行しようとする心)

 

 そして、その「正しい善悪の判断基準」=「信念」に基づいて判断し、行動していくことが大事だ。

 

 もちろん、この「正しい善悪の判断基準」=「信念」に万一、間違いがあったと気づいたときは、また素直に修整しなきゃいけないけどね。

 

壁を薄くする

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壁の話・・・?


 人の意見を素直に受け入れることが大切だというお話をもう少し違う形でお話ししたいと思う。

 

 人間は、知らない生き物だと思う。どういう意味かって?だって、自分の「知ってる範囲」なんて限られてるでしょ?すべてのことを無限に知っている人間なんて絶対いない。

 

 どんなに勉強したって、頭のいい学者さんだって必ず自分の「知ってる範囲」と「知らない範囲」との間に壁(境)がある。

 

 人間は、この壁を取り払って無限に物事を知るということはできない。そうでしょ?

でも、自分の努力でこの壁の厚さを薄くすることはできるはずだ。

 

 自分が正しいと思い込んで素直でない人は、この壁が分厚いから、人がせっかくアドバイスやいろいろな意見を言ってくれたとしても「そんなこと言ったって・・・(自分が正しい)」と言って跳ね返してしまう。だから壁の内側の自分の「知ってる範囲」も大きくならない。それは、結局、自分が成長しないということだ。

 

 でも、さっきも言ったとおり、自分の努力でこの「壁の厚さを薄くする」ことはできる。「壁の厚さを薄くする」というのは、「人の意見を素直に受け入れる」ということだ。これは自分の努力でできることだね。

 

 人から何か言われた時に「そんなこと言ったって!!」と言って反発して耳を傾けなかったら成長はない。誰だって人から注意されれば腹が立つこともあるだろうし、反論したくもなるだろう。

 

 しかし、そこをグッとこらえて「クソッ、腹立つけどそういう考えもあるのか・・・」といったん素直に受け入れることができれば、あとから「なるほど、やっぱり自分が間違ってた。あの人の考え方が正しかった。」となったとき、成長したことになるんじゃないだろうか。

 

 だから、人の意見をまずは素直に受け入れることが大切なんだ。

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素直に受け入れる

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一番下のボクが幼稚園の頃に描いてくれたお父さんの似顔絵

人間、大人になっても子供の頃のような素直さがあったらなぁ…


 「正しい善悪の判断基準」を身につけることが大事だと言ったけど、「正しい善悪の判断基準」と一口に言ってもなかなか難しいよね?

 

 自分が「正しい」と思っていることが本当は間違っていることがあるかもしれない。実際には間違っていることを「正しい」と思いこんでいたら意味がないからね。

 

 だからいつも「ひょっとしたら自分が間違っているのでは?」という慎重な考え方が大事だ。

 

 あなたたちはまだ小学生や中学生だ。高校生や大学生になったこともないし、社会に出て働いたこともない、あたりまえだけど結婚して子供を持ったこともない。

 

 お父さんやお母さんは、それを全部経験している。もちろん、それを全部経験したからと言ってお父さんやお母さんがすべて正しいわけではないけど、経験したことのある人と経験したことのない人では知識の量や考え方に大きな差がある。やっぱり経験したことのある人の意見というのは貴重だよ。

 

 だから、まずはお父さんやお母さん、まわりの大人の人たちから「ああしたほうがいいよ、こうしたほうがいいよ。」「これはだめだよ、それは間違っているよ。」とアドバイスを受けたらまずは素直に「ああ、そうか」と受け入れてほしいんだ。

 

 人は、他人から注意されたりアドバイスを受けたりしても、なかなか素直に「ああ、その通りですね」と言って受け入れることが難しい生き物だと思う。

 

 みんな「自分が正しい」と思っているし、それは大人になればなるほど自分の考え方が固まってきて人の意見を素直に受け入れることが難しくなるのが普通だ。

 

 これはあなたたち子供だけではなく、お父さんのような大人の人にも言えることで、他の人からアドバイスされたり注意されたりしたときは、まずは素直に受け入れることが大切だ。

 

 お父さんもなかなかできないけどね・・・努力します。

 

包丁とパソコン

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どちらも便利な道具です・・・


 善悪の判断が大事だということは、少し違った言い方をすればその人の人間性(性格や考え方)が大事だということだ。

 

じゃあ、二つほどたとえ話をしたいと思う。

 

 包丁があるね。包丁は何に使う道具だい?

 そうそう「料理を作るための道具」だよね。普通はそう考える。美味しい料理を作って食べる人に喜んでもらう。包丁はその美味しい料理を作るときに野菜やお肉、お魚など切るための道具だ。

 

 しかし、使い方を間違えると人殺しの道具にもなってしまう!!

 

 殺人と言えば大変な犯罪だ。包丁は、使う人の善悪の判断、つまりその人の人間性によって料理を作って人を喜ばせるための良い道具にも、犯罪のための悪い道具にもなりうるという事なんだ。

 

 パソコンで考えてみよう。

 パソコンはすごく便利だよね。お父さんも仕事でよく使うよ。文章を作成したり、いろいろな難しい計算を瞬時に計算してくれたり。いちいち手紙を郵便で送らなくても、メールを使えば一瞬のうちに相手に伝えたいことを伝えることができる。

あなたたちもいろいろゲームをして遊ぶでしょ?

 

 その文章を作成したり、数字を計算したり、メールを送ったり、ゲームをしたりというのは、そういういろいろな個別のソフトをパソコンに入れて動かすわけだ。でも、その個別のソフトを動かすためには、パソコンの基本ソフト(Windows10とか)が必要なんだ。どんなに便利な個別のソフトがあっても、それをパソコンに入れた時に基本ソフトが古かったり、壊れていて動かなかったらその個別のソフトも動かないし使えない。

 

 「包丁や個別のソフト」は、料理やパソコンを使うときの「道具」だ。

 

 これを人間にあてはめて考えてみると、「包丁や個別のソフト」のような「道具」にあたるのが「知識や技術」だ。どんなに立派な「知識や技術」を身につけても、人間性(パソコンで言うと基本ソフト)がしっかりしていないとその「知識や技術」を人の役に立つことに使うことができないし、むしろ悪いことに使ってしまうこともある。

 

 だから、勉強して立派な「知識や技術」を身につけることは大事だけど、それ以上にその基になる人間性を磨くことや、正しい善悪の判断基準」を身につけることがもっともっと大事だ。そして、その「正しい善悪の判断基準」にしたがって「知識や技術」を使うことが大切なんだ。

 

勉強よりも大事なことがある

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お父さんも子供のころは勉強が大嫌いだった・・・

今もか・・・


 勉強は大事だよ。一生懸命勉強していろいろな知識を身につけることは大事だ。でも勉強だけして立派な知識を身につけるだけではダメなんだ。テレビのニュースや新聞などで分かるように、立派な大きな会社の社長さんや偉い人が、会社のお金の計算をごまかしたり(不正会計)、いろいろな数値をごまかしたり(データ改ざん)したりしてしまう。

 

 頭のいい大学に入っても、そこのサークル(部活動)などで女の子にいたずらして警察に捕まる人もいる。

 

 あの人たちは、いっぱい勉強して頭のいい大学や大きな会社に入ったはずだ。それでもそういう悪いことをしてしまうんだ。

 

 お父さんのような国家資格者でも同じだ。世の中にはいろいろな国家資格があるけど資格を持っていたって悪いことをする人はいる。 

 

 それ以外でも立派な技術を持った人、例えば有名なスポーツ選手や歌手、俳優などの芸能人の人たちでも使っちゃいけない薬(麻薬など)を使って警察に捕まる人がいる。

 

 結局、どんなに立派な知識や技術、資格を身につけても、良いことと悪い事の区別、そう、善悪の判断がきちんとできないとダメなんだ。

 

 本来、人の役に立つために使うはずの知識や技術、資格が、善悪の判断を間違えるとかえって人に迷惑をかけてしまう場合もある。

 

 善悪の判断・・・・んー、お父さんも難しい。

 

 中には、「それは人によって違うんじゃないの?」っていう人もいるかもしれない。でも、お父さんはそうは思わないよ。本来、善悪の基準は人によって、また、時代によって変わるようなものじゃないと思う。

 

  もちろん、お父さんがそれをすべて正確に理解してあなたたちに伝えるのは無理だ。

 

 けれども、お父さんが、大じいさまやおじいちゃん、おばあちゃんに教わったこと、そして、お父さんが経験したことでお父さんなりに正しいと思うこと、大事だと思うことをこれからあなたたちに伝えていきたいと思う。

 

 

 

はじめまして

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名前は「にっこくん」
お兄ちゃんが学校で制作した作品です。
お父さんのお気に入りなのでニックネームにしました。


 私は、3人の子供を持つ父親です。中学生が一人、小学生が二人で、そのうち女の子が一人、男の子が二人です。

 

 日頃から、テレビのニュースや新聞でいろいろな事件や社会の変化を見るにつけ、また、私のこれまでの社会人としての経験(大したことはありませんが・・・)を踏まえて子供たちに伝えたいことがたくさんあるのですが、仕事に追われる毎日でなかなか思うように時間が取れず伝えることができていません。

 

 子供たちも成長するにつれてクラブ活動や友達との交流が盛んになり、これからさらに話をするタイミングが失われてしまうことになりそうです。

 

 そこで、危機感を持った私は、何かいい方法がないかと妻と相談した結果、ブログをやってみようということになりました。

 

 ブログのメリットとしては、伝えたいことを整理して伝えることができること、言いっぱなしにならず、スマホの時代に子供たちもいつでもどこでも見直すことができること(見てくれるだろうか・・・私が死んだあとかな?)、また、私の備忘録的な役割も果たしてくれるということなどです。

 

 ただ、お断りしておきたいのは、ここでの内容は、私が祖父や両親から教わったこと、そして私の経験から得た主観的な価値観によるものですので、お読みいただいた方の賛否はいろいろあるとは思いますがどうかご容赦いただきたいと思います。

 

登場人物

・お父さん=私
・お母さん・カミさん=妻
・お姉ちゃん=長女
・お兄ちゃん=長男
・一番下のボク=次男
・おじいちゃん・おばあちゃん=私の両親
・大じいさま=私の祖父
・大じいさまの先生=大じいさまにいろいろ大切なことを教えてくださった立派な先生

※時々呼び方が変わるかもしれませんが・・・